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<弁理士コラム>特許を「活かす」

COVID-19、新型コロナウイルスの世界的な感染が収束する方向になかなか向かわない。今回の新型コロナウイルスに対するワクチン等の発明について、特許権を一時停止する提案がWTO(世界貿易機関)で議論されたり、ワクチンや医薬品、医療機器等への世界的なアクセスを確保するための国際協力についてWHOで決議されたりしている。

ある特許権の一時停止について、なぜWTOで議論されているか。これは、WTO設立協定付属書1Cとして発行された「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)第31条に、特許のいわゆる強制実施権についての規定があることによる。この規定を用いて、過去にはエイズ(AIDS)ウイルスに対する薬を製造すべく強制実施権を設定した国が存在し、薬の主たる開発国である先進国との間で大きな争いとなったことがある。

今回の新型コロナウイルスに対するワクチンや感染者の治療に有効な医薬品等についての知的財産の保護義務を一時的に免除し、製造を拡大できるようにする提案は、昨年(2020年)、インドと南アフリカ共和国によりWTOに提出された。少しでも早くワクチンを世界的に供給する必要があることは否定されるものではない一方で、ワクチン製造にあたってはその製造設備やノウハウも必要となることから、特許権の一時的放棄がワクチンの世界供給に直接つながるとはいえない、という、ワクチンや医薬品等を開発できる能力を有する国や地域からの意見もうなずけるものであり、この原稿を書いている時点で、世界的に結論は出ていない。今回の新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけとして、強制実施権に関する規定を変更する法律が本年9月に既に制定された国(ブラジル)もある。特許は独占排他権であるという側面を有し、また医薬品の発明はその開発に莫大な資金や労力、期間を必要とすることもあり、特許をどう活かして社会に役立たせるか、という問題は簡単ではないことを示す事例となっているともいえる。

日本の特許法には、上述の強制実施権に相当する規定として、「公共の利益のための裁定実施権」(特許法第93条)がある。第93条第1項には、「特許発明の実施が公共の利益のため特に必要であるときは、その特許発明の実施をしようとする者は、特許権者又は専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができる。」と規定されている。「公共の利益のため特に必要であるとき」の例として、逐条解説(青本)には、発電に関する発明や、ガス事業に関する発明が例として挙げられているが、これまでに日本においてこの実施権が適用された事例はない。

特許を活かす、という観点では、強制実施権とは異なる取り組みとして、「ライセンス・オブ・ライト」という制度を有する国がある。ライセンス・オブ・ライトとは、特許権者または特許出願人が、実施許諾の用意があることを自らの意思で宣言することと引き換えに、特許料の減額を受けることができる、という制度である。イギリス、ドイツ等で採用されており、中国でも本年に施行された専利法改正によりライセンス・オブ・ライトに相当する開放的許諾制度が条文上で規定されることとなった。イギリスにおけるライセンス・オブ・ライトを利用する宣言をしている特許権者の国籍の第1位、ドイツにおける同制度を利用している特許出願人/特許権者の国籍の第2位が、日本であるという。技術分野によっては、自社製品での市場の独占よりもその製品にかかる技術の普及を目指す場合、特許料の減額というコスト面でのメリットを得ることもできるという観点で採用している特許権者も存在すると推測される。

現在、日本には上述の「ライセンス・オブ・ライト」に相当する制度は存在していないが、検討は行われている。令和2年度の特許庁の調査報告によると、回答があった1,200社弱のうち、そのような制度を活用したいと回答したのは78%と高い割合を占めた。どのような場合に活用したいか、という問いに対しては、企業等による回答で最も割合が高かったのが「自社では事業化の目途がたっていないが、他者にライセンスできる可能性がある技術等を出願する場合」、次いで「他者との連携など事業の幅を広げたい場合」となっており、「出願や特許料等のコストが低減される場合」は4位となっている。費用面が主たる目的ではなく、特許にかかる発明や技術がより広く活用されることを希望する面が強い、という点は興味深い。今後、日本においても他国のように法律等で規定されることとなるか要注目である。

ところで現在、日本には、有効な特許を特許権者以外が実施するためのさらに別の方策として、「開放特許」の利用がある。「開放特許」とは、「特許権者、または出願人が第三者に対し、開放(ライセンス契約、譲渡等)する意思のある特許」であり、「開放特許情報データベース」で検索することができる(特許と実用新案は登録されているが、意匠、商標、著作権は登録されていない)。開放特許は、無断で利用することはできず、該当する特許を所有している登録者と契約をする必要がある。特許の技術分野やキーワード等で検索することができるが、所有する特許を登録している登録者の一覧も見ることができる。本稿執筆時点で1,377の登録者が登録されているが、そのうちの1者で、1,500件を超える特許を登録している団体(法人)もある。一度眺めてみると思わぬ発見があるかもしれない。

発明者の方々のアイデアを権利化するお手伝いをする立場である弁理士として、労力や費用をかけて登録された特許が、1件でも多く有効に活かされ、いろいろな形で社会に役立つことを願っている。

 

*出典:令和2年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究「AI・IoT技術の時代にふさわしい 特許制度の在り方について」

 

弁理士 河合 利恵

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